人の声が持つ豊饒な癒しの響き
人声(じんせい)のアンサンブル
10年前 母親が くも膜下出血で倒れ 意識が戻った時には レビー小体型認知症を発症していた。それから 認知症に効果のある音楽について調べたことがある。
その結果 純正律で作られた音楽が そうした効果が高いと分かった。
音の高さに関する相互の関係を「音律」と言い 代表的な音律には「純正律」と「平均律」の二つがある。
非常に簡単に述べると 西洋音楽で使われる12の音階が その音本来の特徴通りに並んでいるのが「純正律」。一方 「平均律」では 12の音階が全て同一のルールに基づいて並んでいる。つまり 下図のようなイメージである。
純正律
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平均律
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それぞれに長所と短所があり どちらの方が優れている とかいう話ではない。
「純正律」を代表する音楽(あるいは音)は 讃美歌や黒人霊歌のような人の声によるアカペラや 機械仕掛けのオルゴールが奏でるメロディ 潮の満ち引き 川のせせらぎといった自然音 であると言われている。「純正律」は 和音の響きの美しさが際立ち 音が柔らかい印象で 耳ざわりがとても良い。その一方で 「純正律」は 転調する音楽には向いていない。12の音階が どの音からも 等しい距離に並んでいてこそ 転調が可能なのだ。
2022年7月2日 土曜日 @箕面市立メイプルホール・小ホール
みのおてならい朗読倶楽部 市民朗読会「七夕の会」にて
朗読家の川邊暁美先生を中心に 市民朗読家の方々10名が出演して 各々に短いお話を 最後は全員で 二つのお話を 会話をするように 朗読した。昨夏 開催された市民朗読会『星を想う朗読会』に続く 年に一度のつつましやかな会である。
この朗読会は 声とことばの持つ力に魅了された仲間たちが 朗読を通して 喜びの種を蒔きたい といった主旨で開催されたが ロシアがウクライナに侵攻し 国内では 性急な判断で “戦争への備え” が叫ばれる昨今 なおさら対話によって 何が出来るのか? しっかり見極めなければならない時が来ている。
このささやかな集いを通じて 今一度 大過なく 当たり前の毎日が 繰り返される幸福を そして声そのものが持つ力を かみしめるべきではあるまいか。
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朗読された物語たち
ス―・ローソン 作 柳田邦男 訳「でもすきだよ、おばあちゃん」
堀辰雄 作「あいびき」
夏目漱石 作「吾輩は猫である」
向田邦子 作「霊長類ヒト科動物図鑑 より 寸劇」
山川方夫 作「朝のヨット」
小川洋子 作「銀色のかぎ針」
芥川龍之介 作「ピアノ」
今井雅子 作「ららら日本語誘拐事件」
瀬戸内寂聴 作「わくわくどきどき より 失われた日々」
向田邦子 作「字のないはがき」
昨夏に続く朗読会ではあるが 今回は より近年の著作が俎上に載った。
声の音色 ことばの持つメロディやリズムは 音楽そのものである。先に「純正律」の紹介で述べたように 人の声には それだけで癒しの効果がある。声や息遣いやイントネーションは 個々一人一人の時間や経験が その人の中に積み重なって 本人の意思とは別のところで 自然に 出来上がってきたものだ。これこそ 正に 人声の・・人生のアンサンブル。
また 物語を声に出して 読み上げることは 認知症の予防という観点からも たいへん有意義である。
第一部と第二部の間の休憩時間に流されていた ウインドウ チャイムのサウンド。もうお分かりだろう。あれも 実は「純正律」そのものなのだ。
川邉暁美
◎ 夏目漱石 作「夢十夜 第一夜」
◎ 小川未明 作「野ばら」
全員による朗読
◎ うちだりさこ 訳 ウクライナ民話「てぶくろ」
◎ トルストイ 再話 内田莉莎子 訳 ロシアの昔話「おおきなかぶ」
複数の声と調子による まるで輪唱のような声の連なり。沢山の声色が入り混じって作り出される豊穣な音響空間。参加者10名が バトンをつなぎながら 物語を紡ぎ出していく。同じような内容が 何度も何度も 繰り返され しかし 少しずつ物語や その意味が変化する。 それは まるで 砂浜に打ち寄せる波が いつも同じように見えて実は その態様を少しずつ変化させ 同じ波は 二度とやって来ないような 果てしのない永遠を あるいは いつもと同じ毎日が 何事もなく繰り返される幸福を 表しているのでは? とさえ思わされる。
ふいに これは正に現代音楽のミニマル ミュージックと同じ手法だ と気づかされた。だからこそ この朗読会は これほど音楽的な響きに溢れていたのか? いやいや そうではない。むしろ この種のおはなしは ミニマル ミュージックよりも はるかに 昔からあったじゃないか と反対に思い直した。物語も 人の声も モノの初めから 作曲された音楽よりも はるかに音楽的だったのだ。
そして 筆者は 一斉に沢山の音が鳴って それが入り混じる瞬間が 大好きである。気持ち良すぎたなぁ 今回の朗読会も・・・
さて みのおてならい では クリスマスシーズンを迎える2022年12月2日 同じくここ箕面市立メイプルホール・小ホールで アンティーク オルゴールの演奏会を予定している。
本文でふれた 純正律のやわらかな響きを体験してみたい方は オルゴールの奏でる素朴なメロディに お耳を委ねてみては いかが・・
佐藤貴志 satoh takashi 略歴
大阪府富田林市にて生まれる。大阪市立大学法学部卒。大学生時代、ドアーズのデビューアルバム『ハートに火をつけて(原題:The Doors)』、T.レックスの『メタル・グゥルー』、キングクリムゾンの『太陽と戦慄』を聞いて音楽に目覚め、その後、クラシック、ジャズ、民族音楽、エクスペリメンタル等々、様々な音楽との出会いを経て、多くのリスナーに知られざる音楽の普及に努めている。神戸の某企業にて10年間、カタログ販売による音楽事業を展開。
現在、音楽ブログ〈いわし亭〉主宰。いわし亭Momo之助を名乗り、肆音(しおん)『音楽ばかいちだい』を更新中。カルチャー倶楽部「みのおてならい」コンサート音響担当、同倶楽部の「音楽の森ツアーガイド」としてリポートを執筆。
2019年6月29日開催「アンドレス・セゴビアに捧ぐ クラシックギター 〜そらのあなたを聴くしらべ」
2020年9月12日開催「右手のピアニスト 樋上眞生 Replay」
2021年8月9日開催 みのおてならい・箕面市立文化芸能劇場開館記念催事「星を想う朗読会」